はじめに
医薬品開発における臨床試験や治験は、新薬の有効性と安全性を確認する上で極めて重要なプロセスです。しかし、単に数値データだけを収集するだけでは不十分で、被験者の体験や感想、行動の背景にある思考プロセスなど、定性的な情報を把握することが不可欠となります。本記事では、定性調査が治験においてどのような役割を果たすのかについて、詳しく解説していきます。
定性調査の重要性
定性調査とは、ターゲットとなる人々の体験や意見、行動原理などを深く掘り下げて把握する調査手法のことです。マーケティング分野では、消費者の潜在ニーズを探るために広く活用されていますが、医療分野においても同様に有効なツールとなります。
定量調査では捉えきれない情報
治験では、新薬の投与量や有効性、副作用の有無など、様々な指標を定量的に測定します。しかし、数値だけでは被験者の様子を十分に把握することはできません。例えば、被験者がどのような気持ちで治験に臨んでいるのか、服薬時にどのような不便を感じているのか、副作用によりどのような生活上の支障が出ているのかなど、定性的な情報は定量データからは読み取れません。
このように、定性調査は被験者の体験や感想をありのまま収集することができ、定量調査では捉えきれない情報を補完する役割を果たします。特に、新薬開発の初期段階では、被験者からの生の声を直接聞くことが重要視されています。
行動原理や心理的側面の理解
定性調査では、インタビューやグループディスカッションなどの手法を用いて、被験者の行動原理や心理的側面を詳細に把握することができます。被験者がなぜその行動をとるのか、どのような価値観や信念に基づいて判断しているのかを探ることで、新薬の使用感や受容性、服薬アドヒアランスなどについて、より深い理解が得られます。
例えば、ある被験者が治験薬の服用を渋っている理由として、「薬が体に悪影響を与えるのではないか」といった不安があることが分かれば、そうした心理的側面に配慮した対応策を立てることができます。このように、定性調査は被験者の内面に踏み込むことで、治験の成功に向けた貴重な示唆を与えてくれます。
定性調査の手法
定性調査には様々な手法がありますが、治験においてよく用いられるのが以下の2つです。
デプスインタビュー
デプスインタビューとは、1人の被験者に対して深く掘り下げた質問を行うインタビュー調査のことです。被験者との信頼関係を構築しながら、自由に語ってもらうことで、潜在的な思考や感情を引き出すことができます。治験の場合、服薬アドヒアランスや副作用の自覚症状、生活への影響など、詳細な情報を収集することが可能です。
以下は、デプスインタビューで聞き出したい代表的な質問例です。
- この治験薬を服用して、どのような変化がありましたか?
- 副作用に関してどのような不安がありますか?
- 治験への参加を決めた理由は何でしたか?
- 治験への参加で日常生活にどのような影響がありましたか?
グループインタビュー
グループインタビューは、複数の被験者を集めて行う座談会形式の調査手法です。被験者同士の相互作用を通じて、より自然な発言を引き出すことができます。治験の場合、同じ疾患を抱える被験者同士が体験を共有することで、共通の課題や懸念事項を浮かび上がらせることができます。
以下は、グループインタビューで議論してもらいたいトピック例です。
トピック | ねらい |
---|---|
この治験薬の利点と欠点 | 使用感や副作用の実態を把握する |
治験参加の経緓や動機 | 被験者の心理的側面を探る |
治験に望むサポート体制 | 被験者ニーズを把握する |
定量調査との組み合わせ
定性調査は被験者の生の声を収集することができる一方で、調査対象者が限られているため、一般化が困難であるという課題があります。そこで、定量調査との組み合わせが有効となります。
ミックスリサーチ
定性調査と定量調査を組み合わせた調査手法を「ミックスリサーチ」と呼びます。まず定性調査で被験者の体験や感想、課題などを探索し、その結果を踏まえて定量調査の設問を作成します。こうすることで、定量調査の質問項目に偏りが生じるリスクを回避できます。
また、定量調査の結果から新たな疑問が浮かび上がった場合は、再度定性調査を行うことで、より深い洞察を得ることができます。定性と定量の相互補完により、より網羅的な情報収集が可能になります。
サンプリングの最適化
定性調査の結果を活用することで、定量調査におけるサンプリングを最適化することもできます。例えば、被験者を複数のセグメントに分けた上で、セグメント別の特性や課題を定性調査で明らかにしておけば、その情報に基づいて定量調査の対象者を選定することができます。
このように、定性調査と定量調査をうまく組み合わせることで、より正確で実効性の高い情報収集が実現します。医薬品開発において、このミックスリサーチの手法は治験の質を大きく向上させる可能性を秘めています。
まとめ
医薬品開発における治験では、単なる数値データだけでなく、被験者の生の声を丁寧に拾い上げることが何より重要です。本記事では、そのための有効なツールとして定性調査の役割と手法について解説してきました。
デプスインタビューやグループインタビューなどの定性調査手法を活用することで、被験者の行動原理や心理的側面、課題や不安など、定量調査では捉えきれない情報を収集することができます。さらに、定量調査との組み合わせにより、より網羅的で実効性の高い調査が実現します。
新薬開発は、被験者一人ひとりの体験や意見を丁寧に拾い上げることから始まります。定性調査は、そうした被験者の「生の声」を直接届ける重要な役割を担っているのです。医薬品業界に携わる方はもちろん、一般の方にも、定性調査の意義や手法について理解を深めていただければ幸いです。
よくある質問
定性調査の役割とは何ですか?
定性調査は、被験者の体験や意見、行動原理などを深く掘り下げて把握することができ、定量調査では捉えきれない情報を補完する重要な役割を果たします。特に新薬開発の初期段階では、被験者の生の声を直接聞くことが重要視されています。
定性調査にはどのような手法があるのですか?
治験において主に用いられるのは、1対1のデプスインタビューとグループインタビューです。デプスインタビューでは被験者との信頼関係を構築しながら、服薬アドヒアランスや副作用の自覚症状、生活への影響などの詳細な情報を収集できます。一方、グループインタビューでは被験者同士の相互作用から、共通の課題や懸念事項を引き出すことができます。
定性調査と定量調査はどのように組み合わせるのですか?
定性調査と定量調査を組み合わせた手法を「ミックスリサーチ」と呼びます。まず定性調査で探索的に情報を収集し、その結果を踏まえて定量調査の設問を作成します。また、定量調査の結果から新たな疑問が浮かび上がった場合は、再度定性調査を行うことで、より深い洞察を得ることができます。定性と定量の相互補完により、より網羅的な情報収集が可能になります。
定性調査の結果は定量調査にどのように活用できますか?
定性調査の結果を活用することで、定量調査におけるサンプリングを最適化することができます。被験者を複数のセグメントに分けた上で、セグメント別の特性や課題を定性調査で明らかにしておけば、その情報に基づいて定量調査の対象者を選定することができます。このように、定性調査と定量調査をうまく組み合わせることで、より正確で実効性の高い情報収集が実現します。
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